さて、お金とは(通貨とは)、何でしょう。お金はお金、決まっているじゃないかですって。

ある人はこれがお金だといって、札束を出すでしょう。でも、誰もが絶対のものと見ているお金について、実は何なのか誰もよく知らないのです。

人類の最大の発明のひとつ

よく小学生ぐらいでは、お金なんていくらでも作ればいいじゃん、印刷すればいいじゃんと、思っているものです。もちろん、大人はこんな馬鹿げたことは思いません。しかし、単に政府が保証しているから、紙幣は紙切れだけど、価値があると思っている人もいます。

一体、誰が、これは紙だけど、価値があるんだと、政府が決め、法律で決めただけのものを、ありがたがって大事にするのでしょうか。(あなたがもし、そうだ、だから価値があると言うのだったら、もうこれから先は読む必要はありません。おそらく何も理解できないでしょうし、理解しないで欲しい。そして、お金持ちになって行く人たちの踏み台になってください。)

お金(通貨)は日本銀行(以下日銀)が発行しています。お金は財務省や国が作って、日銀が発行の窓口的なものと漠然と思っている人がたまにいますが、これは間違いです。紙幣に国立印刷局製造と小さく書いてあるので、そんな風に思う方もいるようです。

これは厳重に印刷を管理しないといけない(信頼できない所に印刷を任せると、たとえば作業員に余分に印刷されて着服される)ので、国立印刷局に委託しているのです。気の効いた大学の入試問題用紙も、印刷を国立印刷局に委託したりします。単にそれと同じ事です。

日本で一番信頼できる印刷工場ですから。ただし、補助通貨(コイン)は利便性のために財務省が発行します。法律的にはあくまで補助通貨で、同一貨幣20枚以上は受取を拒否できます。

日銀の借用書

日銀は財務大臣が55%の株式を持つ半官半民の特殊会社です。株式はジャスダック市場で売買されます。日銀の株式が買える事を知っている人は少ないでしょうね。おそらく、これを買う人は儲けようと思う人ではなくて、大金持の人で、満足感、あるいは権威付けにしている人が多いのではないでしょうか。(日銀の株式は特別に出資証券と呼ばれます。もちろん配当もでますし、財務公開もされます。)

さて、人々がお金(紙幣)を燃やしてしまえば、損失になるけど、日本銀行が古い紙幣などを回収して燃やしても溶かしても、日銀自身は何の損失にもならないし、自由に印刷して、まるで無から有を作り出すことも出来るのは、どういう理屈(理論)によるものなのか、また、お金を一言で言うと、何なのかを答えられる人はあまり多くないのではないでしょうか。

お金(円通貨)とは、一般的な概念で言うと、いわば日銀の借用書なのです。日銀が振り出した借金の証文なのです。ですから、日銀は自由に発行できますし、日銀自身が紙幣を破棄しても、燃やしても、自分の損にはならないわけです。
自分の出した借用書を自分が破棄しても別に損にはなりませんよね。むしろ、ほっとします。

受け取った人が日銀の借用書で買い物をする時、「これはあいつ(日銀)の借用書だ、これを代わりに渡すから、この品物を売ってくれ、そして、今度はお前があいつから、借金を取立てればよいだろ」となるわけです。実際には受け取った人も、日銀に借金を取立てに行かず、他の人に「あいつの借用書だ、これでこれと交換してくれ」となる訳です。(不渡りになる証文を押しつけあっているみたいに。冗談です。(^_-))

ですから、日銀のB/S(バランスシート:貸借対照表)上では、紙幣の発行は、当然、負債にカウントされます。もちろん、紙幣の発行は、資産の裏づけが無いと出来ません。(そうでないと日銀のバランスシート上、債務超過(資産より借金が多い)になってしまい、日銀の倒産という笑えない事態も。

金資産などが担保

金本位制と言うのは、この資産の裏付けが、金地金だったのです。バランスシート上、金地金を資産として、紙幣の発行という負債に対応させていたのです。ですから、実際に借用書(紙幣)を持って取立てに行けば、借用書と引き換えに相当の金地金を(返して)もらえた訳です。

ところが現在は金本位制が停止されています。(廃止と言わずに停止と書いたのは、金本位制が再開される可能性が、全くのゼロではないからです。)なぜ、停止されたかというと、理由は色々ありますが、一番大きな理由は、経済の拡大に連れて、金地金が足りなくなったからです。

紙幣(借用書)を発行するために、金地金を調達して来て(日銀の金庫に納めて)借用書(紙幣)を発行しなくてはいけないのですが、世の中に充分の金地金がなくなって来たのです。(金地金の評価替えに付いての説明は省略します。)そこで、しばらくは金本位制をまだ取っていたアメリカ紙幣のドルとリンクさせて(ドルを資産として)間接的に金本位制を取っていたのですが、アメリカの金本位制の停止(ニクソンショック)を受けて、完全に金とのリンクが途切れました。

では、今は何をよりどころとして、通貨を発行しているのでしょうか。もちろん金地金もその一部ですが、今では全体の数パーセントにしかすぎません。多くは外貨、国債、社債が資産と計上され、日銀の地下金庫に保管されています。

無担保債券化へ

ここでおもしろい事に気がつきます。同じく金本位制と途切れた借用書である外貨はもちろんのこと、国債や社債は紙幣という名の借用書に対する債券なのです。借用書は借用書を資産として発行されているのです。つまり、借用書をもって取立てに行くと、はい返しますといって、別の借用書が渡されるのです。(今は 不兌換紙幣になっていますので、実際には交換できません。)

一般常識からいうと、何かの悪い冗談か、詐欺のような感じです。このように現在の通貨システムは、非常に脆弱な基盤の上に立ちます。取り方によれば一種の虚構です。

誰かがあんな物は「無価値だ」と叫び出し、次第に賛同する人が増えて行けば、崩壊してしまうかも知れません。ですが、根源的な価値を突き詰めて行けば、通貨で税金が払えるという事にだけには突き当たります。少なくとも税金を払うことができる価値がある、通貨の価値のより所の根源はここに尽きます。

金融資産のひとつ

でも、なぜお金持ち入門と書いてお金(通貨)をおとしめるような事を書くのかと、思う人もあると思います。しかし、これを理解する事が、お金持ちになるための第一歩だと思います。通貨の本質を書きましたが、紙幣イコールお金と思わず、お金を富と言い換えてください。

富の1つの形態が通貨なのです。通貨だけに執着していると富(お金)持ちには成れないと思います。通貨を果敢に別の富に随時変更することができて、お金(富)が得られるのだと思います。通貨の重要な機能は、富の通り道ということです。これからは私がお金といったら富の事だと思ってください。

お金持ちへの道、それはそれぞれの資産価値を正確に計ることができる事が前提です。通貨をおとしめたわけではありません。正確に価値を計って、価値を明確にしたのです。通貨は所詮、紙切れだと言う人がいます。紙切れですが単なる紙切れではありません。

ここで明確にしたいのは、通貨は一定の価値がある、しかし、通貨すなわち絶対の価値ではない、通貨のみに執着しては富は得られない、しかし、富の大切な通り道である、と言うことです。これは、ポートフォリオの概念にも通じます。通貨に対してはまた言及します。

文中、借用書と言っているのは理念上の話しで、正しい名称は銀行券です。また、通貨そのものには利息は付きません。発行すると言うことは、有価物や債券などと交換し、負債と資産を対比させる訳ですが、その債券には利息が付きます。

言わば利息の付かない借用書と利息の付く借用書とを交換するわけです。それらも日銀の収益、活動資金になります。
通貨の発行そのものが一種の特権になりますので、日銀(中央銀行)以外に通貨の発行は法律で禁止されています。

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