仏教哲学の十二因縁

十二因縁(いんねん)又は、十に縁起と言います。
輪廻の苦しみの因果関係を無明から始まり、行、識、名色、六処、触、受、愛、取、有、生、老死で終わる一連の流れの中に示したものです。

仏教哲学では、無明から連なり、老死に至る十二因縁の中に、愛があります。

釈尊は、人生の苦しみと悩みがいかに生じるかを、心の動きから考え、それが業を生じさせ、幸、不幸がどのように決定されるかを説明しました。

しかし、これは同時に人が生を受け、発達するの姿も表現しています。無明という混沌たる有り様から、無意識の行、そして、意識を持ち、識別やら感情やら意思をもち、最後に生、老死となるのです。
その大いなる連なりの八番目に「愛」があるのです。愛とは生を願い、求める心です。

十二支との関連

これに非常によく似ているのが十二支です。
こちらはもちろん一般に知られている事と違い、時間の概念で、植物の一生を題材にして、土の中で固く成っている時から、うごめき芽を出し、花が開き、実を結び、最後に枯れてい行く様を示します。十二因縁と、一面的に、表面的には同じことのように感じられます。

十二支は木星の公転軌道を十二等分して割りだしてあるのですが、それは木星が陰陽五行説での五元素の木であり、生命を現すからです。五元素の木は、上に伸びていくもの、成長するもの、活動するものを示します。
生命の中に時をがあり、その中に愛があるのかもしれません。生きる、活きると言うこと、それを求めることが愛であり、生命の中に愛があり、愛こそが生命の源泉です。

この十二支の同じく8番目には、未があります。まだ無い、未然、求めるものというような意味があります。愛とは求めるものであるのかも知れません。生命が求めるもの、それが愛です。

生命の時間を表す木星は、占星術では幸運の星のイメージもありますね。

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