祓い清めるのはらうと、お金を払うのはらうは、同じ言葉ですね。なぜでしょう。
これは神道の考え方にも通じるものですが、この二つは、実は同じことを意味しています。

神道では、まず、穢れは祓わなければなりません。穢れはよろしくありませんので、何らかのことで正常化、清浄化する必要があります。他に方法が無い場合は、お祓いによって清浄を取り戻す訳ですね。

均衡は安定

同じように、均衡していない状態、それはすべて穢れです。
貸し借りの概念はどこかで神道のハレとケの概念に通じるかも知れません。基本的に借りは穢れなんですね。
たとえば品物を受け取って何もしなければ、借りであり、穢れを受ける訳です。そのうち災いが生じる事を意味するのです。何らかの形でそのうちに世の中に対して借りを返す事になります。

ですから、祓い清める事が必要になります。ここで、お金で祓うわけです。そのことによって穢れを消し去り、均衡を取り戻し、身が潔白になり、清らかに成るわけです。
これがお金で払うことです。

貸し借りなしで、イーブンで、穢れは祓われ、清められます。
受けた借りは必ず返さないと不均一な状態で、悪であるというような考え方は、神道以外にも、アメリカインディアンの中にも伝わっています。このためにインディアンではプレゼント合戦のような状態にもなることがあるそうです。ポトラッチと言います。

神道にはこれに祓い清めるという概念が入っています。お金で払うの言葉はこの思想から来ています。考え方によっては、便利と言えば便利な概念です。

奇しくもお札(ふだ)とお札(さつ)は同じ漢字になりますね。

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